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人生100年時代は、50代こそキャリアの模索が必要 ─定年直前で新しい道を選んだ吉田和生さん
仕事と人

人生100年時代は、50代こそキャリアの模索が必要 ─定年直前で新しい道を選んだ吉田和生さん

2020.12.04

急速な技術進歩やグローバル化など様々な変化が起こる現在。そのような環境で、充実したキャリアを築くには、学び直しを繰り返し、様々な経験を積むことによって、どんな変化にも対応できる柔軟性と広い視点を身につけることが重要と考えられます。

そして人生100年時代と呼ばれる今、人生の折り返しとなる50代こそ、これからのキャリアについて柔軟に広い視点で考えるべきではないか。そう唱える人がいます。

Oisix ra daichiで「和尚」という愛称で呼ばれていた、吉田和生さんです。

1990年に『大地を守る会』に30歳で入社した吉田さんは、この秋、30年近く働いたOisix ra daichiを定年直前で退職し、以前から縁のある陸前高田にある缶詰工場『タイム缶詰』で次期社長として働きはじめました。大地を守る会の仕入れ担当時代からおつき合いのある生産者の方々が多く、東日本大震災の復興支援で何度も訪れた三陸エリアで、60歳以降のキャリアをスタートすることに運命的なものを感じると言います。

ただ、この決断に至るには、Oisix ra daichiで働いた30年間に加えて、自分のキャリアの可能性を探すために定年目前ではじめた兼業での経験が大きかったそうです。人生100年時代は、50代こそキャリアの模索が必要と言う吉田さんに、その真意を聞いてみました。

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正直、こんなに長く働くつもりはなかった(笑)。

ーー まずは約30年、お疲れ様でした。入社当時と現在のOisix ra daichiでは会社も大きく変わったと思いますが、振り返ってみていかがですか?

吉田さん:
こんなに長く働くつもりはなかったんですよね(笑)。正直、大地を守る会には、腰掛けくらいの気持ちで入社しました。農家になって、有機栽培をやって、自給自足の暮らしがしたいと学生時代から憧れていたので、ちょっと勉強させてもらおうみたいな。

僕が入社した頃の大地を守る会は、会社として未整備なことばかりで、社員の僕らがトラックに乗ってお客様のもとに野菜を運んでいました。ただ、食の安全性への社会的関心が高まるなかで、会社としてやるべきと感じることが次々と見つかって、それらに対応していたら、気づけば長く働いていたという感覚です。

振り返ると、この30年間で本当に様々なことを経験させてもらいましたね。最初は物流部門でトラックのハンドルも握りましたし、その後は水産部門で仕入れを担当させてもらって、営業の責任者も経験し、最後は人材開発室で肩書きは「和尚」ですからね(笑)。

吉田さん:
ただ、どの仕事に就いても、果たすべき自分の役割を自ら考え、率先して行動に移すことは、働く上でのポリシーとして大切にしてきました。
例えば、人材開発室では、介護や育児など何かしらの事情で仕事を続けることに不安を抱える社員の相談窓口の係を担っていたのですが、どんな奴かもわからない相手に打ち明けた相談をするのは抵抗がありますよね。それで、どうやったら僕のキャラクターを多くの社員に知ってもらえるかを考えた結果、オフィスの真ん中で味噌汁を配りはじめました

吉田さん:
最初は、みんな不思議な顔で見ていましたね。「飲んでもいいんですか?」と聞かれたり(笑)。コロナ前は毎週水曜日の昼食時に配っていたんですが、その日は朝6時にオフィスのキッチンで出汁の仕込みを開始し、30リットルの寸胴をふたつ使って用意しました。途中から手伝ってくれるメンバーもいて、本当に助かりました。

こんな風に、僕は「これが必要だ」「これが求められている」と感じたら、自ら動きたくなるタイプです。そういう意味で、Oisix ra daichiは「価値があると感じたら、まずはやってみろ」の精神を大切にしている会社なので、僕としては働きやすい環境でした。

外に踏み出してみることで、まさかの展開に

ーー そんな吉田さんが60歳の定年直前で退職し、陸前高田にあるタイム缶詰で次期社長として働く道を選びました。この決断に至るまでの道筋を教えてください。

吉田さん:
Oisix ra daichiの人材開発室での僕の役割のひとつに、60歳以降のシニアの働き方を考えるという命題がありました。ただ、60代のキャリアを60歳直前になってから考え始めるでは遅いんですよ。50代の頃から、定年後について考える必要があるわけです。

ただ、ひとつの会社で長く勤め上げている人からすると、今いる会社に再雇用される以外の選択肢が、なかなか思いつかないと思うんです。フリーランスとして働くにしても、どういう風に仕事を受ければいいのかがわからないですよね。

そのため、Oisix ra daichiでは、50代の兼業・複業を積極的に推奨しました。色々な挑戦ができるよう、働き方に柔軟性を持たせることで、キャリア選択の幅を広げる機会を提供したいと考えたんです。そして、そのメッセージを会社に浸透させるためには、僕自身が兼業をすることが大切だと思ったんですね。

吉田さん:
そんな理由で、個人事業主としての会社を設立しました。請け負う仕事としては、知り合いの産地が抱える課題を解決する手伝いという感じです。販路の開拓だったり、新商品の開発だったりをしたり。また、産地からモノを仕入れて、知り合いの飲食店に卸す仕事もやりました。基本的に、週3はOisix ra daichiの社員として働き、残り2日は個人の仕事という働き方です。

実は、今の僕が働くタイム缶詰も、兼業における支援先のひとつでした。大地を守る会の人気商品『国産めばちまぐろツナフレーク』の商品開発を一緒にやるなど、昔から縁のある会社だったのですが、個人で会社を立ち上げたことを告げると、営業や商品開発を手伝ってほしいと相談をもらったんです。

そして、先方の様々な仕事を手伝っていくうちに「次期社長として来てくれないか」と話をもらいました。現在の社長は75歳という年齢もあり、次の経営を任せられる人を探していて、お願いできないかと。兼業ではじめた活動から、こんなキャリアの選択肢に繋がるとは全く予想していませんでした

震災の傷跡が残る陸前高田を盛り上げたい!

ーー 60歳以降のキャリアについて様々な可能性を探っていた吉田さんが、タイム缶詰の次期社長というオファーを受けることに決めた理由は何なのでしょうか?

吉田さん:
ひとつは、陸前高田という土地です。東日本大震災以降、大地を守る会の多くの生産者さんが三陸に住んでいることもあり、何度もこの地域に足を運びました。震災直後にトラックに運べるだけの物資を積んで避難所へ向かったり、仮設住宅で暮らす子供たちに楽しんでもらおうと夏祭りを開催したり、少しでも力になれたらと活動を続けてきました。

僕の祖父母の家が福島のいわき市にあることもあり、東北を盛り上げたい想いは昔から強いんですが、震災後は一層強くなったように思います。

その中でも、陸前高田は震災による被害が大きい地域です。タイム缶詰も、以前は海の近くに工場を構えていましたが、震災による津波の被害でその工場は全壊してしまいました。その後、壊れた工場の後片付けを行いながら、製造再開に向けて準備を進め、建物が無事だった山の中の工場に設備を新調し、製造を再開しました。

吉田さん:
こういう想いを抱いていたので、タイム缶詰からオファーをもらった時には運命的なものを感じましたね。東北や三陸を盛り上げることが、次に自分のやるべきことなんだと。

面白いのが、缶詰って、いろんな人と人を繋ぎ合わせることができるんですよ。缶詰の中に入れる素材は何でもいいわけじゃないですか。マグロや鯖のような魚でもいいし、肉でも果物でもいい。だから、地域の生産者さんたちの食材を使った様々な商品開発ができる。また、食材に詳しい地域のシェフに監修として加わってもらうこともできる。

吉田さん:
陸前高田で働いて驚くのが、本当に素晴らしい食材に恵まれている土地だということです。水産物はもちろん、りんごなどの果物も名産品として知られています。今、地域に住む様々な人たちと一緒に商品開発に取り組んでいます。タイム缶詰の成長と同時に、陸前高田の魅力が多くの人に届くような活動をしていきたいですね。

これまでの30年間は、陸前高田に全て繋がっている

ーー 様々な生産者さんと関係を築き、付加価値をつけた商品を作っていく姿が、Oisix ra daichiで長年働いてきた吉田さんらしいと感じますが、今の仕事においてOisix ra daichiでの経験が活きていると感じる瞬間はありますか?

吉田さん:
感じる瞬間ばかりです。「これまでの30年間は、今の仕事のためにあった」と言っても過言ではないくらい、Oisix ra daichiで様々な経験をさせてもらった価値を感じています。

例えば、大地を守る会の仕入れ担当者として全国各地の生産者の方々と関係を築いてきた経験が、陸前高田の生産者の方々と接する上でも活きていると感じます。生産者の方々の苦労もやりがいも知っているので、自然と生産者さんの気持ちに寄り添えるというか。

タイム缶詰では、その日の朝に水揚げした魚を工場に運び、新鮮な状態で缶詰の中に入れることで旨味を引き出していますが、これも地域の生産者さんとの関係あってこそ。いい商品は、生産者さんとのいい関係の中で生まれることを、仕入れ担当の経験から学んでいます。地域の生産者の方々との関係を大切にし、魅力的な商品を生み出していきたいです。

吉田さん:
また、Oisix ra daichiの行動指針である「当事者意識、当事者行動」も、陸前高田で活動する上で欠かせないものだと感じています。目的を達成するために、自分はどんな役割としてチームに貢献するのか。Oisix ra daichiで様々な経験をさせてもらう中で、常にそのことを考え行動してきました。

缶詰の加工技術やモノづくりについては、僕より詳しい職人がいますし、僕が今から技術を極める必要はない。それよりも僕が得意としているのは、悩んでいる人の話を聞いたり、人と人を繋ぐことで悩みを解決する手伝いをすることです。

どうやったら会社や地域に僕なりに貢献できるかを考え、実行する。「当事者意識、当事者行動」は、どんな仕事においても重要だと思いますが、この意識づけをしてくれたのがOisix ra daichiで働いてきた30年間だったと思います。

自分の可能性を模索する気持ちを大切に

ーー 今日は色々と話を聞かせてくれて、ありがとうございます!最後に、シニアの働き方に取り組んできた吉田さんから、Oisix ra daichiのメンバーに伝えたいことはありますか?

吉田さん:
人生100年時代と言われる中で、「老後資金2,000万円」問題が話題になるなど、定年後のキャリアについて不安を募らせる人は少なくないと思います。年金以外の収入が必要と言われるなかで、どうやって稼げばいいのかと。

では、不安を払拭するためには、どうすればいいか? それは複数のキャリアの選択肢を持つことだと思います。再雇用で働きながら、複業する道もありますし、選択肢を複数持つことで様々な働き方の可能性が生まれるわけですよね。

そのため、定年が近づいている50代のメンバーはもちろん、それ以外のメンバーも、自分にどんな可能性があるのかを模索する気持ちを大切にしてほしいと思います。仕事で様々なチャレンジをすることはもちろん、Oisix ra daichiが行っている社会貢献活動に参画ダブルミッションとして社内兼業をするのもいいでしょう。そうやって踏み出すことで、気づかなかった自分の可能性と出会えるチャンスが増えるはずです。

それに、新しいことに挑戦するのは何歳になっても、新鮮味があって、心が踊ることですよね。その積み重ねが、働きがいのあるキャリアへと繋がるのだと信じています。是非、一歩を踏み出してみてください。

執筆:井手桂司 編集:ORDig編集部

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