一人ひとりのメンバーと向き合い、個々の可能性を引き出すことで、事業成果の最大化を目指すマネジメント手法「ピープルマネジメント」。オイシックス・ラ・大地では、「これからの食卓、これからの畑」という企業理念の実現に向けて、ピープルマネジメントを組織に広く浸透させていくことが重要だと考えています。
その実現に向け、力を貸してくださったのが、Momentorの坂井風太さんです。
坂井さんが主催するマネジメント研修には複数のマネージャーが参加。その後、坂井さんの研修内容を社内向けにカスタマイズし、定期的にマネジメント研修を実施するなど、より多くのメンバーがピープルマネジメントを実践できる環境づくりが進んでいます。
今回は坂井さんとともに、これまでの取り組みを振り返りながら、研修がもたらした変化、そしてこれからの展望について語りました。聞き手は、オイシックス・ラ・大地の成長推進セクションでマネージャーをつとめる鷲尾早紀さんです。
(▼)こちらのインタビューは動画でご覧いただくこともできます。
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マネジメントに、“理論”という共通言語を
鷲尾さん:
オイシックス・ラ・大地での取り組みに入る前に、まず「ピープルマネジメントとは何か」について整理させてください。
ピープルマネジメントとは、一人ひとりのメンバーと向き合い、それぞれの可能性を引き出しながら、組織全体の成果を最大化することを目的としたマネジメント手法。このような理解で合っていますでしょうか?
坂井さん:
はい、そのとおりです。特に「組織の成果を最大化する」という部分が、とても重要なポイントです。
この考え方には、私自身のバックグラウンドも影響しています。私は新卒でDeNAに入社したのですが、そこで大切にされていたカルチャーのひとつが「コトに向かう」でした。つまり、本質的な価値を生み出すことに徹底して向き合うという姿勢です。
ただ、現場でマネージャーをしていた時に実感したのは、人事施策やマネジメント施策を組織的に導入すればするほど、マネージャーの負荷が増え、事業や顧客価値に向き合う時間が減ってしまう。いわば、“本末転倒”のような状態が起きてしまうということでした。
だからこそ、ピープルマネジメントにおいて大切なのは、「一人ひとりを手厚くケアしよう」という話ではないんです。マネジメント理論を組織的に学習し、人材育成やマネジメントに悩む時間をできるだけ減らす。そのうえで、事業に集中できる状態をつくることこそが、本質だと考えています。

鷲尾さん:
多くのマネージャーがマネジメント理論を学び、組織として共通の認識を持ちながら、「使える型」として根づかせていく、ということですね。
一方で、組織の規模が大きくなるなかで、ピープルマネジメントを実際に組織に根づかせ、実効性を高めていくのは簡単ではないと感じています。坂井さんから見て、オイシックス・ラ・大地のような規模の会社が陥りやすい課題には、どのようなものがあるとお考えでしょうか?
坂井さん:
特徴を説明するうえで、オイシックス・ラ・大地さんを例に挙げると、とてもわかりやすいかもしれません。
御社は、いわゆる「メガベンチャー」と呼ばれるような規模感で、グループ全体の従業員数は約2,000名ほど。そして、M&Aを通じて新たにグループに加わった企業のメンバーもいらっしゃいますよね。こうした急成長の過程で、メガベンチャー特有の課題が生まれていくわけです。
その構造を言葉で表すと、「縦の溝」と「横の溝」という概念になります。
すれ違いを生む、“見えない溝”の正体
鷲尾さん:
では、縦の溝と横の溝という概念について、詳しく教えていただけますでしょうか?
坂井さん:
まずは「縦の溝」から説明しますね。メガベンチャーは、成長期を経て成熟期へと移行していきます。その中で、成長期に現場でバリバリ活躍していた人たちと、成熟期に入社してきた人たちの間で、摩擦が生じることがよくあります。
成長期の困難な環境でやってきた人たちは、プレッシャーの強いコミュニケーションを受けてきた経験が多く、「自分の道は自分で切り開くもの」と考えている人が少なくありません。一方、事業が拡大し、ある程度成熟したフェーズで入社した人たちは、そうした困難を乗り越える経験が比較的少なく、自己効力感もそれほど高くない傾向があります。
すると、成長期を経験した人たちから「なんで私と同じようにできないの?」「最近入ってくる人たち、なんだかぬるくない?」という声が上がってくる。これが、いわゆる「縦の溝」です。

坂井さん:
そして、「横の溝」とは、マネージャー同士のあいだに生まれる溝のことです。
メガベンチャーの場合、さまざまなバックグラウンドを持つ方がマネージャーとして入社してきます。事業会社出身の方もいれば、前職が戦略コンサルや投資銀行という方もいる。そうした方々は、それぞれの前職で豊富な経験を積んできている分、自分のマネジメントスタイルに対して強い自信を持っています。
だからこそ、「前職ではこうしていたのに、なぜ伝わらないんだろう?」「この業界出身の人たちとは感覚が合わない」といった違和感が生まれやすい。こうした価値観やスタイルのズレが、マネージャー同士のあいだに「横の溝」を生んでしまうんです。
では、この縦と横の溝によって、何が起きるのか。それは、「組織効力感の欠如」です。この組織なら、どんなに難しいミッションでも必ずやり遂げられる。そう信じられる気持ちが、少しずつ失われていってしまいます。
溝があることで、「この人たちとは肌が合わない」「一緒にやれる気がしない」といった感情が芽生え、たとえ自己効力感の高いメンバーがいたとしても、組織効力感は高まっていかない。これはやはり、非常に大きな問題です。
“持論”から脱却し、理論と実践をつなぐ
鷲尾さん:
私たちも、組織の規模が大きくなる中で、坂井さんがおっしゃっていたような課題を感じることがありました。そんな中で、坂井さんが出演されていた動画などを拝見し、お力を借りたいと思い、ご相談させていただいたんです。
実際に取り組みが始まり、坂井さんが主催されている、ピープルマネジメントを体系的に学ぶ研修に、執行役員を含む複数のマネージャーが参加させていただきました。坂井さんは、さまざまな企業でこうしたマネジメント研修を実施されていますが、研修を行ううえで、特に大切にされていることは何でしょうか?
坂井さん:
まず一つ目は、「学術理論をなるべく用いる」ということです。
先ほどもお話ししたとおり、バックグラウンドが異なるメンバーが集まると、それぞれが持論だけを武器にしている状態になりがちなんですよ。「修羅場をくぐり抜けるのが大事」とか、「挫折経験が人を育てる」とか、「放任主義こそ成長を促す」とか。マネージャーごとに価値観がバラバラで、人材育成の考えにも統一感がなくなってしまう。
そうした中で、数多くのマネジメントや人材育成に関する論文を読み、「これは理論として信頼できる」と感じたものにできるだけ立脚し、客観的なフレームワークをもとに体系的な学びを提供したいと考えています。
そうしないと、それぞれが別の岸辺から景色を見ているような状態になってしまって、議論も水掛け論に陥りやすくなるんです。個人の経験則だけに頼らず、共通の理論を土台に対話できる状態をつくっていく。それが、私の目指すところです。

坂井さん:
ふたつ目は、理論を機能させるために、「現場で活用できる形にまで落とし込む」ことです。
私自身、事業部でリーダーをしていた頃に、マネジメント研修を受けて、さまざまな理論を学びました。ただ、理論に納得できる部分はあっても、「これを現場でどう実践すればいいのか」がわからなかったんですよね。それに、「この理論はどんな場面で有効で、どんな場面では使わないほうがいいのか」といった使い分けの判断もつきにくい。
だからこそ、研修では各理論の位置づけを“メタ的に”見えやすくする工夫をしています。さらに、それを実践に落とし込むための具体的なワークや、日常で使える話法についてもお伝えしていきます。
そして三つ目は、「研修の形式」です。
私の研修プログラムは全10回と、比較的長期間なんです。最初の7回では、さまざまな理論を対話形式で伝えていきます。そして後半の8〜10回では参加者に「自分のマネジメント原則」を発表してもらうんです。つまり、自分がどんな価値観を持ち、マネジメントにおいて何を大切にしているのかを言語化し、自己開示してもらう時間ですね。
これは、もともとのオイシックス・ラ・大地さんの文化かもしれませんが、研修を通じて参加者同士の距離が縮まっていく様子を、私自身、肌で感じました。発表に対して、お互いが積極的にコメントをしあう姿がとても印象的でした。ただ、その背景には、共通の理論をベースに対話が進み、自己開示がしやすい設計になっているという点もあると思います。
やはり、マネージャー同士が互いを深く理解し、信頼し合える関係になることで、組織効力感は自然と高まっていきます。そういうところまで、研修を通じて目指していきたいと思いながら、プログラムの形式を設計しています。
理論に裏づけられた学びが、チームを変える
坂井さんが主催するマネジメント研修に参加したメンバーのひとり、オイシックス・ラ・大地 執行役員・冨田祥彦さんにも話を聞いてみました。研修を通じてどのような学びがあり、どんな変化が生まれたのか。その実感を語っていただきます。
── 自ら手を挙げて研修に参加されましたが、その動機を教えてください。
冨田さん:
端的に言うと、プレイヤーとしての限界を感じていたということですね。
これまでもチームで成果を出す経験はありましたが、より大きな組織で、より大きな成果を求められるようになる中で、「チーム全体の力をどう高めていくか」を考える機会が確実に増えていました。とはいえ、具体的に何を学べばよいのかがわからなかったんです。
ちょうどそのタイミングで、研修の案内をいただいて、「ぜひ参加したい」と思いました。マネジメントを体系的に学ばせていただくことで、自分に足りない点や、それをどういう順序で身につけていけばよいのかを整理したい。そんな思いがありました。

── 研修を受講する中で、印象的だった学びは何ですか?
冨田さん:
特に印象に残っているのが二つあって、ひとつは「ダイナミックスキル理論」です。
これは簡単に言うと、人間のパフォーマンスは、その人の能力だけでなく、置かれた環境などさまざまな要因によって大きく左右される、という考え方です。
この理論に強く共感したのは、僕自身、「人のポテンシャルを信じたい」という気持ちがとても強いからなんです。どんな人でも、意志さえあればやり遂げられると信じたい。その一方で、何かがうまくいかなかった時、「本人の力が足りなかった」と決めつけずに、「環境側に問題があったのでは?」と視点を広げられる自分でいたいと思っていました。
そうした考え方に対して、「学術的にも正しい」と裏付けをもらえたことが、自分にとって大きな励みになりました。
もう一つ印象に残っているのが、「ポジティブ・ゴシッピング」です。
これは、他人に対する積極的な評価や称賛を、あえて周囲に伝えていくという行為の重要性を説くものです。文字通り、「この人のおかげで、こんなことが助かったよ」とか、「あの人って、実はこんなこともできるんだよ」といったポジティブな噂を、組織の中に広げていくことで、その人がより活躍しやすくなる、という考え方です。
組織の中で働く上で、「自分は認められている」「一目置かれている」と実感できるかどうかは、本人のパフォーマンスに大きく影響します。そうした感覚を自然に持てるようにするために、ポジティブ・ゴシッピングを意識していく。これは非常に腑に落ちる話でした。
また、ポジティブ・ゴシッピングを行おうとすることで、自然と相手の良い面に目が向くようになると感じています。これまで、自分はどうしても「足りていない部分」に目を向けがちだったので、意識的に視点を変えるきっかけとしても、非常に学びのある概念でした。
── マネジメント研修が終了してから数ヶ月が経ちましたが、どのような変化がありましたか?
冨田さん:
研修で学んだことを実践する中で、チームのみんなの仕事への向き合い方や、熱量のようなものが確実に変わってきていると感じています。そして、そうしたメンバーの変化や成長を目の当たりにすることで、それが自分にとって大きな喜びになっていることにも気づかされました。
また、今回学んだマネジメント理論は、マネージャーに限らず、チームメンバーとして活躍している人たちにもぜひ触れてほしい内容だと感じています。というのも、ほとんどの仕事はチームで行われるものであり、マネジメントの考え方を共通言語として持つことで、より良いチームづくりが実現しやすくなると思うんです。
だからこそ、自分が研修で学んだ内容や、実践する中で得た気づきを、積極的にチーム内に共有していきたいと考えています。お互いに刺激を与え合うことで、チーム全体のパフォーマンスを底上げできる。そんな動きが、今後ますます大事になってくると感じています。
マネジメントは、才能ではなく“磨ける技術”
鷲尾さん:
実は、研修を受講したメンバーがマネージャーをつとめるチームのメンバーから、「上司が変わった」といった声が既に届いていて、私たちも研修の成果を実感し始めています。
その後、坂井さんの研修内容をもとに、社内向けにカスタマイズしたオイシックス・ラ・大地独自のマネジメント研修もスタートしました。より多くのメンバーがピープルマネジメントを実践できるよう、組織として舵を切ることができたと感じています。
最後に、取り組みをご一緒する中で、坂井さんが感じた「オイシックス・ラ・大地らしさ」について、印象に残っていることがあれば教えていただけますか?
坂井さん:
まず強く印象に残っているのは、マネージャーの方々の柔軟性です。今回の研修に参加されたのは、役職的にもかなり上位の方々が多かったですよね。そうした経験豊富な方々が、「マネジメント理論を改めて学ぶことが必要だ」と自ら手を挙げ、積極的に研修に参加されている。その姿勢に、素晴らしい文化を感じました。
これは、おそらく「すぐにやる」という屈強な文化が、会社全体に根づいているからなのかもしれません。必要だと思ったらすぐに取り組む。新しいことを貪欲に学び、良いと感じたものは即座に取り入れる。そんな、しなやかで前向きな強さを持ったマネージャーが揃っていることに、オイシックス・ラ・大地の大きな強みを感じています。
鷲尾さん:
ありがとうございます。今日、改めて坂井さんのお話をうかがいながら、ピープルマネジメントの理論を組織として学び、マネージャー一人ひとりが「技術」としてマネジメントを実践することの重要性を再認識しました。
坂井さん:
本当にそうなんですよね。マネジメントは才能じゃなくて、技術なんです。
ただ、その技術を裏づける理論がなければ、「それって本当に正しいの?」といった不信感にもつながりかねない。だからこそ、マネジメント理論を学び、それを組織全体の共通認識にしていくことがとても重要だと思っています。
鷲尾さん:
おっしゃるとおりですね。そうした第一歩を踏み出すタイミングで、坂井さんにご一緒いただけたことは本当にありがたかったです。多くのマネージャーがマネジメントを技術として実践し、ピープルマネジメントをオイシックス・ラ・大地にしっかりと根づかせていけるよう、これからも努めていきたいと思います。
